木の家具と木の時計を作っています。生活によりそう木の家具や木の時計を作っていきたいと思っています。里山と田園に囲まれ家族と生活する古民家に工房があります。        www.minka2003.com
by wooden-mama
カテゴリ:福富町の生活( 11 )
福富町のこと。木の家具をつくること。10 長野編
3連休初日、比較的良い天気のなか、7年ぶりにご来店頂いたお客様とゆっくりとお話しが出来、充実した一日でした。
さて、長野県の職業訓練校、「長野県上松技術専門校」(以下「技専」)に入校が決まり安心したのもつかの間、今度は家族4人が住むための住居探しをすること。技専には単身者用の寮はあるのですが、家族用となると借家か公営住宅となり、物件も非常に少ないのでした。当初は呑気に考えていたのですが、技専から送られてきた物件に電話をすると、ことごとく成約済みとのこと。これはまずいと公営住宅も問い合わせると予定はあるが抽選とのこと、抽選も希望者が抽選会場に来る必要があるとのことで、やむなく、家族が抽選に行ったのですが、残念ながら抽選に外れ、いよいよ、困ったことに。その後、技専のA先生に相談し、ようやく1軒紹介してもらえることになり再び家族で物件を見に行ったのですが、その建物は戦後直ぐに建てられたと思われる木造平屋建でした。外壁は板張りの昔の木造校舎の様な仕様、「果たして、木曽の寒さに耐えられるのか」と不安になりましたが、入校まで1ヵ月を切り、時間もなく決定に。ただ、その日は天気が良く、雪のある中央アルプスの駒ヶ岳の眺めも最高で、4月からの上松(あげまつ)での生活が待ち遠しく思えたのでした。

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                   このトリの名は「マーキュリー」

                   「なぜ、マーキュリーなのか。」

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by wooden-mama | 2015-01-10 22:42 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。9
本日、関東のお客様へ商品を発送し、今年の仕事は終わりました。12月は雪や寒さにもかかわらず遠方よりご来店頂きありがとうございました。現在、来年1月の展示会に向けて準備をしていますのでどうぞお楽しみに。
さて、晩秋の11月、いよいよ、訓練校の入学試験となり前日に長野入りしたわけですが、この時期の木曽の夕方は広島よりもずいぶんと寒く、足早に宿泊する民宿へ。ついた先の民宿は旧訓練校の寮を利用した建物で案内された8畳の部屋は「寒い、・・寒すぎる。」
ということで、食事前に風呂に入ることに。しかし、浴場内は外気温との差か湯気の白さ半端なく、回りもよく見えない中、浴槽に足を入れると「熱い、・・熱すぎる。」
散々な後、食事の為、食堂にいくと先客の工事関係の人達が一升瓶を前にいい調子。やはり、我満が出来るはずもなく、熱燗頼んだわけですが。献立はいまだ覚えているのですが、サンマの塩焼き、豚肉の炒め物、更にトン汁と地域柄、寒さ対策用かと。
試験当日、同宿となった熊本のH君(高校生)と試験会場へ。年代も様々な人達とほぼ、1日がかりの試験を終える頃には訓練校の窓から夕陽に染まる駒ヶ岳が見え、何としても、ここに戻ってくると、強く思ったのでした。
そして、合格発表当日、通知が来るまで待てず、訓練校に電話で合否を尋ねたところ”合格”とのこと。家具工場を退職し2年後のことでした。
ここから、1年間の長野編になるわけですが、4人家族で引越しともなるとやはり、すんなりとはいかず・・・。続きは来年へ。

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                    「来年の干支は何だったか?」

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by wooden-mama | 2014-12-29 22:38 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。8
ここ福富町も昨日、今日と大雪の上、非常に寒い日となりました。12月でこれでは”暖冬”とはとても思えません。
さて、長野に向けて乗った夜行バスは早朝、名古屋駅に到着。そこからJR中央本線、特急しなのに乗り、木曽川に沿って北上すること1時間40分程、目的地の木曽郡上松町(あげまつちょう)に到着したのでした。訓練校までは駅から数キロだった為、駅で自転車を借りたのですが、目指す所はひたすら上り坂ですぐに後悔することに。訓練校に到着し、実習を見学させてもらいましたが、年齢も様々な学生は皆、黙々と課題に取り組んでおり、全国から目指して来るだけの学校なのだな、と改めて学ぶならこの学校でと思ったのでした。
その後、観光案内所で先で色々なことでお世話になるOさんから地図をもらい、商店や病院等の日常生活に不便な点が無いか確認をし、半日余りの滞在を終え帰途につきました。
それから3か月後、農業機械メーカーを退社し11月の入学試験に向けての準備に。子供も2人になった34才の秋でした。
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                   いくら晴れても寒いのは変わらず。

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                     思考も停止する午後7時。

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by wooden-mama | 2014-12-18 22:41 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。7
今日はここ福富町も雪が積もり、寒い朝となりました。そこで、雪の上を山羊にソリを引っ張らせてみると子供一人なら、意外にスピードが出て面白いことに。
さて、家具工場を退社したわけですが、今度は手仕事で家具製作に関わりたいと思い、広島県内で技術が学べる職業訓練校に行くべく、調べてみると1年制の家具製作の訓練校(現在は無し)は年齢制限があり、半年コースのインテリア系に行くことに。しばらくは片道、車で1時間の距離を通学していましたが事情あって途中で辞めることになり、また、振り出しに。この時はまだ、広島県外の訓練校に行く事など考えてもいませんでしたが、本などを読む内にやはり技術を学ぶには1年制の訓練校が近道であることがわかり、そうなると県外しか選択肢はなく、家族の生活もある中、すぐにとはいかないのでした。そこで、仕事をしながら訓練校を調べ、時期を待つことにしたわけですが、つぎに入った会社は木材加工ではなく金属加工の農業機械メーカーでした。そこでは、梱包から入り、組立、加工、溶接、資材管理、そして最後は開発と様々な経験をし、これはこれで面白いところもあったのですが、それ以上に家具製作を学びたい気持ちが大きくなっていきました。訓練校については、県外の何校かに手紙や電話で訓練内容を聞き、最終的に長野県の訓練校に絞りました。入校に際しては試験(国語、数学、適性検査、面接)があり、倍率も2倍という当時30代半ばには少々、賭けに近いところもありましたが、問題集を買い準備を進めていきました。
入社から9か月後、訓練校と住環境の確認の為、有給を取り一人夜行バスで長野に出発したわけですが・・・。


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                     この空の色に言葉もなく。

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                    しかし、ワラの上は気持ちよく。

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by wooden-mama | 2014-12-13 22:47 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。6
 カレンダーをめくった途端、この寒さ。福富町の我が家は薪ストーブがフル稼働になりました。
さて、家具工場を退社し、しばらくは療養をしていましたが、これからの事を思うと気ばかり焦り、中々、先に進めない毎日。そんな中一冊の本に出会い、読み進むうちに長い間ぼんやりとしていたものが、ようやくはっきりと形が見えてきたのでした。それは建築設計業の頃からこれまで気持ちの隅にあったことだったのだと思います。
 「ひとつの形を一人で全て完成させる」と言うなんとも自己満足なものでしたが。
それから、家族を巻き込みながら家具工房を立ち上げる為の日々が始まるのですが、やはり、すんなりとはいかない日々の始まりでもありました。・・・次回から職業訓練校に入るまで。

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                  「生意気なヒゲだ、・・・負けた。」

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by wooden-mama | 2014-12-03 22:50 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。5
それは突然に訪れたのでした。
身体に違和感を感じた数日後、朝、まったく布団から起き上がることが出来ない状態に。わずかな動きでも激しく痛み、妻に起こしてもらう情けない始末。病院に行くべく妻に肩を借りながらよろよろと5階の部屋から駐車場に。
診察の結果、ヘルニアとのこと。キツイながらも身体を使い汗を流すことに爽快感を持っていたのですが、どうも、やり方に無理があったようです。1週間安静にした後、仕事に復帰したのですが、やはり、これは繰り返すようで勤務に支障が出てくることに。また、徐々に生産調整が進み時間外手当も無くなり、この先の不安と不満に苛立ちを感じ始めていました。結果、半年後、3年間勤務した工場を後にし、また振り出しに。 1999年の暮れのことでした。・・・



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                     どうも、深い話らしい。

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by wooden-mama | 2014-11-30 20:57 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。4
落葉がすすみ、初冬のここ福富町も数日は比較的過ごしやすく、ずいぶんと助かっています。
さて、家具工場、初日。重い鉄の扉を開けると集塵機と複数の工作機械の音が響く中、勤務する係へ歩いていくとそこは、窓もなく水銀灯の明かりのみの空間に半完成品のタンスが並んでいたのでした。正直なところ「・・・ここか。」と。
しばらくは、ひたすら付属品の組み立てでしたが、ただ、組み立てるだけでもパーツを置く位置、工具を置く位置、組立て手順の違いで生産効率に差が出ることを知ったのもこの係りなのでした。最終的に勤務から3年後に退社するまで塗装を除き、木取(きどり)、加工の現場で仕事を経験しました。その間、仕事にも慣れ、長男が生まれ、「こういうのも悪くないな。」と毎日を過ごしていたのですが。勤務から2年半を過ぎた頃、突如、身体に違和感が。と同時に家具業界に陰りが出てきたのもこの時期なのでした。


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                 住みたいところが山だったり、海だったり。

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by wooden-mama | 2014-11-28 22:08 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。3
庭や畑の草も枯れ始め、草刈りからしばし解放される季節となりました。いまでこそ、草刈りだの、薪割りだの、屋根の瓦がずれたのを治せだのと言ったことが日常になりましたが、家具工場で働き始めた当初は肉体労働に慣れるまでがひと苦労でした。初日から朝7時半から午後6時までの勤務が始まり、しばらくは、夕食後には早々に布団に入る日が続き、一か月後、ようやく身体が慣れてきたのでした。
工場では婚礼家具(主に洋服ダンス等の箱物)を製造しており、工場内は木取(きどり)、加工、塗装、組立の4つの係に分かれていました。配属となったのは組立でここでは整理ダンスでいえば、塗装後の本体部品を組立て、その後、引出し部分を組立後、本体へ組み込み、調整し、梱包した後トラックへ積み込むまでが仕事でした。さて、初日、初めてタイムカードというものを押し工場内へ入って行ったのですが・・・。
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                    子沢山はモルモットも同じ。

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by wooden-mama | 2014-11-26 22:15 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。2
1995年11月の八重山諸島の波照間島。この島が半年間の旅の最終目的地であったにもかかわらず、格別感動の様なものもなく、ただ、これから先の生き方がぼんやりと見え始めていた様な気がします。一年後、家具メーカーの工場へ再就職。それまでの建築設計業から家具製造業へ、書くことから作ることへ、これも「まあ、ちょっとやってみるか」と。それまで肉体労働をやったこともない自分にとって想像以上にきつい日々が始まったわけですが・・。

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                  時にうらやましいと思うこともあり。

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by wooden-mama | 2014-11-25 09:23 | 福富町の生活
福富町のこと。木の家具をつくること。1
先日の東広島市の転入希望者向けの動画取材の際、ここ、福富町で生活することになった経緯をお話ししましたが、思えばいつの間にか11年が経ち、当時、4才、2才だった長男、次男も高校生、中学生となり、その後、生まれた長女、次女も現在は小学生に。縁あって住むことになった福富町の生活、家具工房の立ち上げから現在までを少しずつお話しできればと。

1995年11月、八重山諸島の波照間島。思えばここが入口だったのかもしれません。

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                  一人での作業も狭く思うこともあり。

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by wooden-mama | 2014-11-24 11:33 | 福富町の生活